昭和五十年十月四日
x御理解第二十八節
病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸替えをするに八、九分替えて退屈して止めれば掃除はできぬ、それでやはり井戸は濁っておるようなもので信心も途中で止めれば、病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気、災難は根の切れるまで一心に壮健で繁昌するよう元気な心で信心せよ。
只、長く信心しとれば病気災難の根は切れる、と言うおかげになると言うことではない、信心のいはば眼目が本心の玉を磨くことであり、日々の改まりが第一というのですから、そういう信心に取り組ませていただいてからいよいよ信心によって自分の無力さ加減というものが分からして貰うと同時に、そこから自分の我というものがとれてくる。自分が無力さというものが分かり、自分の我というものがとれるまでという私は意味に頂いたら間違いないとおもいます。何十年、いや何代信心しておってもです、やはり難儀が続いたりいはば病気災難の根が切れぬということは難儀が続いていることでしょう。
そうではないです。信心に依っていよいよ井戸は清水になるまでと言われるように自分の心に、曇り気一点ないというか、十五夜お月様のような心の状態がです、日々の改まりによりまたは自分の我と言うものが取れて参ります所からそういう心の状態に、厳密にいうたらそれがなかなか十五夜の月のような、そういう信心を目指して頂いて、いうならば我が取れ、自分の無力さというものを、いうなら我屑の子というか、屑の子の自覚がでてくる。そこからね、病気災難、いわゆる難儀というものはなくなってくる。それはどうしても一心に壮健で繁昌するよう一心に信心せよ、とおっしゃるが元気な心がいるのです。
昨日は梅の実会でした。一時の御祈念が終わったあとから三時半まで、若い娘さんばかりですから夕方早く帰らなければいけませんから三時半にはきちっと帰れるように、三時半までいたします。その中で色々と話をさせていただいたんですけど、丁度半ばに二人の男の方が参ってまいりました。それでお賽銭をここにぽんぽんと投げてから、拝んでそして家のあっちこっちを見ると言われましたから、見にお出でたのなれば、案内をつけてあげますから見てお出でなさいというてから、ならそうして下さいというから、それで丁度福岡の桜井先生がお参りしとられましたから先生に案内して貰ってから、こう回ってみえられた。
私は建築屋さんか何かと思いおった。後から聞いたら国鉄マンの方だった。一人は鳥栖、一人は田主丸の方だった、だそうです。それでそこで、まあ色々見せてもろうて有り難うございました。今日は実はお善導寺さんに参るつもりが、ほんに合楽の金光様に前を時々通るから、あそこに参ってみろうかというから今日は実は参ってまいりました。というわけです。研修室でしたから、最後に帰りにお礼に見えましたからお茶でもあがっておいでなさい、丁度皆、お茶をいただいとる時でしたからお茶を一緒に飲みながら色々話をきいたんですが、私は此処に参りますと、なんとはなしにそう、玄関を入って長廊下のほうへやってくる間にです、心が清まったような気が致しましたからと二人のものがそういうとるです。やはりその信心のお徳にふれるというか言うようなものを、いいえ信心はわからんのですけどそう言うものを感じるというて、お茶を頂いてかえられました。此処にはねお参りしに来ただけで清まられるようなものがあるんです、確かに。それがね初めて例えば信心にはたいして関心を持たない人がそれを感じるくらいですから私共の心がです、本当に日に日に新たな信心をしておればそう言うものを日々、これに甘受していく事ができる。受けて行くことができる。ところがマンネリになって参りますとそういう、どういう、お徳が此処にありましても、お徳にふれる事すらも感じないようになってそれは日に日に新たな信心になって伝わらないからです。問題は私は日に日に新たな信心というのはです、いよいよ自分は無力であるとか、我をとるといったようなことが我がとれていくだけで新たな信心になっているんです。自分がいよいよわからない、つまらない、いうならば本当に屑の子であることが分かれば分かるほど、わかっただけ新たなものになっとるわけです。いうなら一くわずつ抜けていくのですから新たな心が生まれてくるです。新たな心が生まれてこないからお参りをしてきてもです、ならこうやって御祈念を頂いたり御理解を頂いたりしてもツウとんせんごとこたえんごとなってくる事になるのじゃないでしょうか。その辺からね私は今日の御理解はわからなければいけないと言うことができる。いうなら信心の気もない人、此処の教会には表を通るたんびに一遍此処の教会に寄ってみたいと思う人たちが沢山あるとおもうです。けれども中に特別に願わんならんとか、頼まんならんとかいうこともない。だが一遍は寄ってみたいと、どげんとこじゃろうかと思うてみよるっところが、昨日その二人の方たちは此処へ参り拝して見えたという事になってきたんですが玄関から入って此処に見えるまで何か心の清まったものを感じたというのです。
どんなにここに清らかなものがあっても、どんなにお徳があってもです、それを私共が感じきらんならばあなたの心は日に日に新たな精進をしていないんだということをまず知らなければいけません。我です。私が参りよる、私がしよる。この我のある間はいつまでったても難儀は絶えませんですね。だから本気で取ってしまわにゃならんというのではなくて、自分の我を日に日に改まることが信心だと言うことを、気付かせて頂いてこれも私の我であったと気付かせて頂く信心をせねばなりません。
* * *
昨日の梅の実会で、私がたまたま昨日の朝の食事の時に何の事からだったでしょうか。
ああ、昨日、一昨日から若先生達夫婦で、嫁が里帰りをしとります。親子三人でいってます。子供を一人下の方のを置いていっとります。そのことからでしたけれども、まあ二人とも手がいるわけですね。それで下の方はなおさらいるわけですけれども、それをその置いて行っているわけです。それがあのなんというですかね。何にもひっかからんなりに置いていっておるのです、と感じられるんです。まえこちら側にも、家内にも、私にも下の恵城を置いていきますからお願いしますというわけです。
で、私は向こうのじいさん、ばあさんたちは、あんたどんが帰るよりか孫の顔を見たいんじゃなかつの、とわたしがいいましたけど、とてもあれどんば連れて行くならどんこんでけませんからとこういう。なら上の聡子だけを連れていくと言いますからそれはよいどこじゃないけれども、私は思うとに向こうのじいさんやら、ばあさんやらは、あんたどんが顔よりか孫が顔が見たいととじゃなかろうかと思うばってんあんたどんが連れていこうごとなからにゃ、それはよかたいというてからと、いうとりました。家内もそりゃよかどこじゃなかよと、いうとりましたので置いていったのです。それがですねいえるなかですよ。問題はもう二人ば連れて行くならどんこんでけんで、あんた言うて下さい、というて主人にそれをいわせると言うのじゃなくて、嫁が私にでも家内にでも言える仲です。
とてもそりゃ家内が里歩き致しますときには、お腹には一人いれとる、手を引いてもいかにゃ、と言うようなことで里帰りもしよった。私共が若いときはこうじゃったばのと言わないことです。言わないと言うよりそれを感じていないということです。又、でなかったらいえないですよ。普通で言う嫁姑のそれであったら、だからその日だけ具合よういうだけでなくてね、と言う雰囲気というのはいつもあるということです。いつもその雰囲気ができておると言う事です。里歩きするときだけ具合ようするというだけでなくてね。
だからそう言う仲を作りたいと家庭には作りたいとなんかの機会で言いましたが、昨日の朝家内が結局私は姑親に似たのだろうというのです。そのことから私と繁雄さんと高橋さんと家内の四人でお食事の時その話をさせて頂いた時、とても家あたりではやかましいことを言うのです、高橋さんが。
とにかく孫の守をするとが嫌いというばあさんがあるとじゃから、私だんとても孫の守だん出来ん、というてから、もう初めからてんで孫を見ろうとしない。そりゃするがよいかせんのがよいかわからんけれどもです、これは年寄りの役としてね。
ああ、ほんにそうそう、私はある本を読まして頂きよったら、あの何処か長生き村と言うのがどこかありましてね、七十戸あまりしかないのにとにかく百歳以上の人が何人でんおるそうです。一番上は百三十七歳と言うのがおるそうです。その百三十七歳の人がまだ豚を飼うという事だけは自分がやってるそうです。そう言う村を訪ねた人が書いておるのを読ませて頂いたんですけれども、そういう長生き村ですから環境がよくてね、それこそ支那の言葉でいう桃源郷の様な所だろうと思っておった。ところが山の中のもう畑ちゃそれこそ三十分も四十分も山越えしていかにゃ畑がなかというところだそうです。そういう田圃を百歳位の人たちは皆、持っちゃるそうです。それで自分で作られるそうです。
そしてトウモロコシくらいしかできんそうですけれども、そのトウモロコシを作って孫やら曾孫のところやら、ヤシャ孫やらの所へね配って歩くのが楽しみという様な生活をしとるそうです。そして何が長生きの秘訣かと思うとったところが、お酒を飲む事とね、タバコをね喫むことだといっとるです。普通はタバコは喫んじゃいかんとか、酒飲んじゃ、しかも出された焼酎がね、四十五度もあるそうです。それをがぶがぶ百歳もなる人達が飲んどるそうです。もうとにかく死ぬまで元気だと、そして食べ物がないからね、それこそ木の葉、木の根までたべるそうです。自然は長生きをさせるために、様々な食べ物を与えると言うたそうです。たった七十戸しかないのに百歳ぐらいのは沢山居るげな、沢山ちゅうか何人もおるげな、百二十も居れば、百十歳のつもおる、それ程沢山おんなさる、そしてその老人たちが、皆、まだ働いておるということです。そんな話を私がしましたらです、そげんいいなさると家のばあちやんたちがですね、此処の私の母のことです。もう皆さん御承知のように乳母車には二人くらい乗せてからおんぶしてから引いてからでしたからね。そしてもう私どんが手足の動く間に、さっさと産んで産みあげとかんのというのが私の母の、またできなのという顔は一遍でんしませんでした。七人もおかげで育ててくれましたけどね。だからそういう母がね黙って教えておってくれた事が、もう当然孫を見るのがばばさんの役目だと、家の嫁さん今の若いもんな結構なもんじゃある。あの五日も、六日も泊まって来るというのに、しかも手のいる子供を放ったらかしてからと言ったものは言いもしなければ、ないからこそ私は嫁が言えると思うです。これどん連れていきゃどんこんでけんけん置いていきますと、ならお居ていかんのと、そこにね何もないということです。それが私が今日皆さんに聞いて頂きたいのはね、病気災難は根の切れるまでというか、言うなら井戸は清水になるまでという、段々おかげを頂いているから濁りがないのだと思うです。だから病気もなからなければ、災難もない、いうなら難儀がないというのですからお金に不自由することもなからねば、食べ物に不自由することはないということです。だからそのためには一つ本気で信心さもろうて、井戸は清水になるまでのおかげを頂かしてもらわにゃならん。自分にはもう我もない、不足もない、我情我欲のない、 そしていよいよ分からして貰うのは、自分というものを掘り下げた上に掘り下げさして貰って我屑の子の自覚、我無力の自覚、が出来るということこれは自分自身がいよいよ掘り下げられてくるのですから、例えば五間よりも十間、十間よりも十五間と掘った井戸程よい水が冬はお湯のように温かい水が、夏は氷のように冷たい水がでるようなおかげを頂いて、しかも井戸浚いが綺麗にしてありますから、淨々と湧いて出てくる様なものじゃないでしようか。
まあ如何にも私のことを言うておかしいですけど、なら私共が完璧に清水になっているとは言えないにといたしましても、それを願い、それをいつも願わして頂いておる、いうならば日に日に改まると言うことに、精進しておるから日に日に新。
はじめて参ってきた人が、それも特にお願いごとがあるとか、というて参ってきたのじゃない。その人がとにかく、此処へ入らして頂いたらなにか心が洗われ清められるような気がしたというております。だから皆もそれをもっともっと深い広い意味で感じていることがそれを感じないと言うことが、自分に新なものがでていないということを、悟らなければいけないのです。
なら新たなものはどう言うことかというと、いよいよ自分をより掘り下げると言うこと、ならいよいよ自分のああこれが自分の我だというようなものをみつけしだいに、その我をとっていくということです。そこに新たなものが、一皮取れたところに、下に新たなものが。例えばこの御神前に入るでもそうです。修行生の当番が午後には必ず内殿のお掃除を致します。それにほんな菜っぱ服を着たまんま、汚れたズボンをはいたまんま、お掃除をしますからそげなとこでエプロンなっとかけんかというて、私はいつも言うのですけど、とても私だん紋付き、袴じゃなからなはいりきらんです。しかも毎朝、毎朝内殿に入らして頂くときには、身の縮ったごたる思いで入りよるです。何故かというと、なら皆さんが一遍あの中に入ってみなさい。身の縮む思いがするです。けどそれが五日、十日いつも入り寄ると慣れてしまってですんね、なにもなかごとなるのです。それはお互いの心の中に新たなものがないからです。
このお広前にはそれこそ来ただけで心がジーンとするような洗われるようなものがあるのです。けれどそれがマンネリになると、もう平気で有り難いものも何にも感じきれなくなると新なものがないからです。私共、夜、夜中どういう事があって御神前に御祈念にでることがございますけれども、一遍だって羽織袴をぬいででてきたことはないです。と言うだけ私の心の中には日々新たなものがあるということが、もうこれでよいと言うことがない、いつも改まりに改まろうと工夫しておるしそしていよいよ自分をわからしていただいて自分を深めていこうとしているからです。
そう言う精進をさせていただくことがです、私は井戸浚いをするようなものではないでしょうか。昨日こんなことも梅の実会で話したんですけども。
昨日の朝熊谷さんがお参りになって、こういうお届けをしとんなさいます。夜の御祈念に帰らしていただいたら、近所の方で、お寺さんが親戚だそうですからもう若い時から、もう毎日お寺さんに参られるかたがある。もう熊谷さんより幾つか多いんだそうです。そしてその方が、どちらへおいででしたかというから合楽にお参りさせてもろうた、言うたら、ほうあなたは朝もまいりよんなさるごたるが、晩もお参りなさるとですか、どうしたらそげん参らるんですか。信心の稽古ですから、やっぱり稽古をしただけ有り難うなりますからお参りするとですよ、というたらびっくり、本当にびっくりされたそうです。信心には稽古がいるですかといわっしゃるそうです。私はそこんところを聞きよってからですね、改めて信心の稽古ということを改めて、なにか新たな意味でです、素晴らしいなとおもいました。もう信心の稽古とはいつもいいよることですけどね。あら信心の稽古が要るですか。そりゃあなたが俳句の稽古にいきよんなさるでしょうが、とその方は俳句をなさるそうです、稽古したら稽古しただけ、やっぱり違うでしょうが、信心もやっぱり稽古が要りますよというたら、ほらー信心にも稽古が要るですかといわれたというのです。いかに信心というものが悲しい時の神願いであったり、後生願いであったり、もう何十年毎日毎日お寺参りを欠かしたことがない人がそうですから、稽古じゃないもん、ただ後生願いにいはば参りよんなさるという事になるのです。
神様ちゃ何か自分が困った事だけを頼むことのように思うておられるのです。だから私共がです信心の稽古にこうして通って来ておるのですからそこに自分のーーさ、見苦しさ、又は自分のこれは我だと思はれるようなものに、いろんな問題が起こってくるたんびに私が出たときには、もう我がでとるとですから、私がとらにゃいけんて、神様のおかげをいただかねば出きる事じゃないのに、如何にも自分が努力したから、自分がしてやらねば出来んごと思うとる。がです、それでは本当に神様のおかげを、本当に有り難く受け取ることはできないです。我がある間は。
若い、昨日嫁さん達に、聞いたりしたんですけれども、まあだいうならばーー家に嫁入りしてきたばっかりというような、小さい赤ちゃんが一人居るという人たち、只今、妊娠のおかげを頂いております、という方たちの若い嫁さん達ばっかりですから、お母さんお父さんが参りよりますから、まあ参りよるという程度ですから、毎日家で御祈念したことのないという人達が多いです。けれどね夜になったら、お父さんお母さんが必ず御祈念しなさると言うような、家の嫁さんは後ろからおがみよるです。わからんなりに。それで天津祝詞もあげよる、覚えました。天地書附も憶えよるといったような、そういう例えばいつとはなしにできるようなね、おかげをいただいておきませんと、今日私が私と家内のことをこんど、嫁の里歩きとして子供を置いていっとることをです、そこになにもないというような、日頃稽古が出来とらねばその時だけ出来ることじゃない。もしその時だけそういう事になったら問題がおきるです。四日も五日も帰ってこんと言うのに、こげな手の要る子供をおいてからというような問題になるのです。ね問題にならないことは日頃稽古をしとかねば出来んです。だから今、私が申します。熊谷さんが言われるように私はその相手の人が、ほう信心にも稽古がいるのですかと言われた、と。
熊谷さんが信心の稽古に取り組んでおられるからです、いわゆるあらゆる問題あらゆる事柄を信心の稽古として行くといういきかたです。そこにはね必ず我を発見する、自分をいよいよ深めることができるのですから新たなものが生まれてくる、新たな信心ができるのです。新たな信心が出来るからお広前についたとたんにです、ジーンとまではせんでもです、訳のわからんなりに、参っただけで清まっていきよるです。
今日はこの二十八節を病気、災難は根の切れるまでと、井戸浚えに例えて、お話になっとられるのを、角度を変えて私共の心を清めていく心の井戸浚えをするということに焦点を置いてきてもらいました、それには元気な心が要ると。
昨日丁度梅の実会が始まろうとしとるときに、桜井先生が御祈念してござったが、只今先生御心眼をいただきました、それがどういう御心眼かというと、松茸を一本いただかれた。次には先日、月次祭の後のーーーのなかの先生が抱き茗荷という話をなさったが、その抱き茗荷の紋をいただいた。抱き茗荷の紋はこうしとるでしょう。これは今日の梅の実会にのお話のテーマになるでしようから、あなたも残ってから、ここで話していってください、といって、まあ聞いたことでした。抱き茗荷と言うことは拝みあうということです。これは夫婦の性生活のことも意味するのです。または合楽という意味もあるとです。
又はお互いが親と子が拝みあう、夫婦が拝みあう、そう言う意味もあるのです。抱き茗荷、茗荷とは喜びの妙と書いて在る(妙賀)。抱き茗荷の紋と松茸というのである。だから若い嫁さん達だから松茸を大事にせにゃいかんとです。同時に松茸とは松に茸とナバではなくて松は木扁に公という心を大きくせにゃいかんということ、竹というのは素直ということですから素直にならにゃいけん。竹には節があるから、節を大事にせにゃいかん。
松茸は元気な心、豪気な心、いさぎよい心ともいただくから、心を大きくしていかにゃいけないというようなお話を致しましたが元気な心で信心せよということを、それこそ松茸のような信心をせねばいけない。どんな場合、直面した場合、そのくらいの事が腹の立つ嫁がこんなことをいうたというて、かあーっとなるようなことではいけん。
私は思うのですけれども最近の若い嫁さん達の気質というものはそりゃもう私どんが時代と大変ちがうです。ここんにきが若い者の気持ちもわからにゃいけないな。又年寄りの気持ちも分かっていわゆる抱き妙賀にならにゃでけるこちゃないなとおもいます。私の方のあたりはいかにもよかごついってはなしよりましたけど、なら家内と嫁がいつも抱き妙賀状態にあるから、こまかとこは置いてゆきますから、といえるわけです。いわゆる抱き茗荷と松茸の意味を分からせて頂いて、そこに元気な心で信心せよとはそういう心になることだということです。
とにかく我をとることは毎日かからにゃでけんです。自分を深めることは毎日事あるたんびに深めていけるはずです。そこに生まれてくるのは新なものです。その新たなもので新たな信心をするから、新たな心で新たな信心をさせて頂くから、それこそ熊谷さんの話じゃないですけど、相手のそのお寺さんに毎日何十年とお参りをしておるという人が、熊谷さん信心にも稽古がいるのですかと、いわれてみて初めて稽古に参っておる私共が果たして稽古をしておるか、と言うことをおもうてみにゃいかんです。毎日ここには信心の稽古にくるところとおっしゃるが、果たして稽古、私は熊谷さんのその話を聞いて本当に強くそう思いました。稽古と言うが果たして稽古をしよるかと言うこと、そしてその稽古は皆さんに聞いて頂いた様なところを焦点にしてです、井戸は清水になるまでの稽古をさせて貰わねばならんということですね。
どうぞ